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2009/06/14

三沢光晴選手、急逝 : 神様、ひどすぎます。

なんてことでしょうか。

神様はなんてひどいことをするんでしょうか。
馬場さん、鶴田さん、なぜまだ早いと言って追い返してくれなかったんですか・・・・。

■プロレスの三沢光晴さん、リングで頭強打し死亡
(読売新聞 - 06月13日 23:24)

http://www.yomiuri.co.jp/sports/news/20090613-OYT1T01053.htm

最初にニュース記事を見たのは、mixi ニュース欄の 毎日.jp だった。

13日(土)の22:12 「三沢光晴 試合中倒れ救急搬」 というタイトルだった。

mixi の日記のタイトルに 「 なんてこった! 三沢、死ぬな!!」  

これしか書けなかった。

その後 mixi のコミュでは一部の方から余りにも悲しい書き込みが入りはじめて、

ついに23:20過ぎに死亡を伝えるニュース記事が各社から配信され始めた。

「信じられない。」 「信じたくない。」 「何が起きているのかわからない。」

そのあと、テレビのチャンネルを切り替えて切り替えて・・・・

日本テレビの「うるぐす」、いちはやく速報を・・・ 

番組の冒頭に訃報を伝えた。 その少し後にはテレビ朝日でも伝えられた。

フジテレビは・・・・ 悲しいテレビ局だ。 ちがう意味で悲しすぎる。

NHK のニュースでも訃報が伝えられた。 

ニュース番組で報じられてもまだ信じられない。 朝刊を取りに行く。

読売新聞に、決して大きくはないが小さいということもない扱いで記事が・・・

スポーツ紙を買いにコンビニへ行く。 6紙、全て一面トップで報じられていた。

8時、日本テレビの 「ザ・サンデー NEXT」、徳光さんが扱わないわけがない。

予想通り、番組開始から 20分ほど(CMも入っていたが)、

スカパーのサムライが試合の録画中継用にとっていた映像が放送された。

三沢選手がバックドロップでマットに沈んだ直後からの映像だ。

そこには尋常ではない風景が映し出されていた・・・・・。

それでもまだ現実に起きたことだと思うことが出来なかった。

でも・・・ 真実はそこにあった。

 

プロレスリング NOAH オフィシャル・サイトより:

20090614_noah_4

そして、今日(14日)の博多大会、その後 22日後楽園まで続く

このシリーズのツアーは予定通り行うそうです。

20090614_noah_3

選手、関係者のみなさんの心中を思うと、たまりません・・・・。

でもみんな、それが三沢社長の遺志を受け継ぐことだと

信じているのでしょう。


ご家族、社員や選手にとって、そしてファンにとっても

プロレス界にとっても、かけがえのない財産を失ってしまいました。

まだ現実のものとして実感ができないでいます。

今夜、スカパーの FIGHTING TV サムライのレギュラー番組

「Sアリーナ」(22:00~23:00)は、予定内容を変更して三沢さんの

追悼番組になるそうです。

三沢選手、三沢社長、ご苦労様でした。ありがとうございました。

ご冥福をお祈りします。 合掌。



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(ここからは、読売のサイトから転載しています。)

プロレスの三沢光晴さん、

リングで頭強打し死亡



倒れた三沢さんを気遣ってリングに集まる選手たち=読者提供

 13日午後8時45分頃、広島市中区の広島県立総合体育館グリーンアリーナで、プロレス団体「プロレスリング・ノア」の試合中、ノアの社長でプロレスラーの三沢光晴さん(46)が相手選手に投げられ、頭部を強打した。


 三沢さんは救急車で広島大病院(広島市南区)に運ばれたが、午後10時10分、死亡が確認された。県警広島中央署は関係者から事情を聞いている。

 大会関係者によると、三沢さんはこの日開かれた「サザンナビ09」広島大会のメーンイベントのGHCタッグ選手権に出場。試合開始から約30分後、後方から抱え上げて、反り返るようにして投げるバックドロップをかけられ、リングで頭を強打し、意識を失ったという。

 試合を観戦した人によると、意識不明になった三沢さんに、リング上で自動体外式除細動器(AED)による蘇生(そせい)措置が施された。約2300人の観客からは「三沢コール」が起こったが、意識は回復せず、救急隊員が三沢さんを担架で運んだという。

 試合を観戦していた広島市西区の会社員の男性(27)は「これまで三沢選手に何度も勇気づけられた。まさかこんなことになるなんて」とショックを受けていた。

 三沢さんはレスリングの名門として知られる栃木県の足利工大付属高校出身。全日本プロレスで2代目タイガーマスクとして人気を集めた。その後、全日本プロレスから脱退、2000年8月にプロレス団体「ノア」を設立し、自ら中心選手として活躍してきた。

 プロレスの試合中の事故では、00年に当時27歳の男子レスラーが脳内出血で亡くなり、1997年と99年には女子レスラーがいずれも頭を強打して死亡。昨年10月には、当時25歳の男性会社員がプロレスの練習中に首の骨を折って死亡した。

(2009年6月14日00時55分  読売新聞)


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(および、海外の The Sun からの転載です。)

Misawa dies in the ring

WRESTLING legend Mitsuharu Misawa has died in the ring aged 46.

Misawa, arguably Japan's greatest modern-day grappler, was tagging with highly-regarded youngster Go Shiozaki in the main event of a show in Hiroshima

They were taking on Akitoshi Saito & Bison Smith for their GHC World Tag Team titles when he failed to get up from a moderately dangerous looking back suplex move, a staple of NOAH matches.

Misawa would have taken the move thousands of times before but this time he stayed motionless.

A hushed crowd watched efforts to resuscitate him, before he was taken out of the ring, still unconscious, on a stretcher.

Misawa

TRAGIC ... Mitsuharu Misawa is carried from the ring

Misawa was declared dead in hospital at 10:10pm local time on Saturday.

His career began when, as a national high school wrestling champion, he turned pro in 1981.

His first taste of fame came three years later as the second incarnation of Tiger Mask.

He dropped the gimmick in 1990 to wrestle under his own name and almost immediately became a main eventer in All Japan Pro Wrestling.

Misawa captured the Triple Crown (All Japan's version of the World Heavyweight Championship) five times and had multiple tag title reigns with different partners.

All this led to him being regarded by many as the best wrestlers of the 1990s.

In 2000, he left All Japan, taking the vast majority of the roster with him, to form Pro Wrestling NOAH.

The green canvas used in NOAH is taken from Misawa's familiar green wrestling tights.

 

NOAH was soon rated the No1 promotion in Japan, although it recently lost its TV coverage.

With Misawa's death, speculation over its future direction will rise.

Misawa made two trips to the UK, most recently for NOAH's first ever full show outside of Japan, European Navigation in June 2008 at the Coventry Skydome.

He teamed up there with Naomichi Marufuji to take on familiar foe Kenta Kobashi and Go Shiozaki.

Misawa's sudden death, perhaps the most shocking since Owen Hart's accident in 1999, leaves a massive void in Japanese wrestling as a whole and for Pro Wrestling NOAH as a company.

And it also highlights the fact that, while wrestling is pre-determined, wrestlers put their lives and wellbeing at risk every time they step into the ring.

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  今朝一番に驚いたのが、プロレス団体「プロレスリング・ノア」の代表も務める現役プロレスラーの三沢光晴さん(46)が、6月13日に行われた広島大会での試合中に倒れ、搬送先の病院で同日午後10時10分に死亡が確認された」、というニュースだった。試合中にバックドロップを受けて頭を強打、意識不明となり、心肺停止の状態だったという。 現役トップのプロレスラーが試合中に死亡するというのは前代未聞だ。改めてプロレスラーというのは、危険と隣り合わせの職業だと痛感する。受け身の達人だった三沢選手が亡くなってしまっ... [続きを読む]

受信: 2009/06/14 17:26

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